『とびひ』について
毎年暑くなってくると皮膚疾患の代表として,みずいぼ・虫さされ・あせもなどとならんで「とびひ」が増えてきます。 通常は,怖がる必要のない皮膚の疾患です。 しかしここでも,みずいぼと同様に‘治るまでは登園禁止’などと誤った対応をしている保育園もあり, 保護者も混乱しています。
 「とびひ」についても,しっかり勉強しておきましょう。
『とびひ』の原因
黄色ブドウ球菌(一部は溶血性連鎖球菌)が, 掻きこわしたりして傷ができた皮膚に侵入して「とびひ」になります。 6〜10月頃の暑い時期に,おもに0〜6歳くらいの小児に多くみられます。
 暑いと皮膚には湿疹・あせもなどが増え,こどもはこれを掻きこわします。 また暑くなると,皮膚表面の黄色ブドウ球菌もどんどん増えてきます。 これが,夏場に「とびひ」が多い理由です。
 アトピ−性皮膚炎などがきちんとコントロ−ルされておらず,皮膚のバリアが壊れているこどもは, 「とびひ」になりやすいといえます。
『とびひ』の症状
赤みを帯びた,ジュクジュクしたおできが増えてきます。 放っておくと全身に広がり,抗生物質の軟膏だけではいつまでたっても治りません。 全身に飛ぶように広がるので「とびひ」といわれます。
 「とびひ」は他人にうつると誤解されていますが,厳密に言うと「とびひ」はうつりません。 「とびひ」の原因となる黄色ブドウ球菌は,常在菌といって誰の皮膚にも必ずいます。 ただ,皮膚の表面にいるだけで,悪さをしなければいいのです。
 肌の触れあう機会の多いこどもたちは,風邪のウイルスと同様に, 黄色ブドウ球菌などの細菌も常にやりとりしています。 うつされた細菌が皮膚の表面にいるだけなら問題ないのですが, 皮膚を掻きこわすなどして,皮膚のバリアが壊れたところから細菌が侵入してしまうと「とびひ」になります。
 だから厳密には,黄色ブドウ球菌はうつるけれど,「とびひ」自体がうつるわけではありません。 このへんが混同されています。
 黄色ブドウ球菌は常在菌なのですから,「とびひ」を理由に登園を禁止する必要は全くありません。 プ−ルも禁止する必要はありません。プ−ルの塩素の働きで, プ−ルの中では細菌感染は,むしろ起きにくい可能性さえあります。 ただ,あまりに広範囲で目立つ「とびひ」の場合は, あくまでも見た目の問題でしかないのですが,いやがられてしまうことがあるので, 当院でも‘プ−ルは控えた方がいいかもしれませんね’とお話することがあります。
 入浴は,皮膚を清潔に保つという点から,必ず毎日行ってください。 お風呂で「とびひ」がうつることもありません。 家族みんなで入っても大丈夫です。
『とびひ』の治療
黄色ブドウ球菌に効き目のある抗生物質を内服します。 軟膏だけでは,多くの「とびひ」は1ヶ月たっても治りません。
 最近はMRSAといって,ほとんどの抗生物質が効かない黄色ブドウ球菌が増えています。 そのため,数種類の,MRSAにも効く可能性のある抗生物質を,うまく選んで使用しているのが現状です。
 MRSAは,いったん悪さを始めると,とても強い細菌です。 うまく抗生物質が効いてよくなりはじめても,中途半端なところで治療を中止してしまうと, すぐにぶり返して,また最初から治療をやり直さなくてはなりません。
その抗生物質がしっかり効いているかどうかの確認と,いつまで薬を飲むべきかの決定のために, 「とびひ」の場合は再受診をお願いしますが,ご理解ください。 うまく抗生物質が効けば,およそ1週間以内に治ります。
MRSA(耐性菌)が増えている理由について
約70年前にペニシリンが実用化されてから, それまで苦しめられていた多くの細菌感染症から,世界中の多くの人々が救われるようになりました。
 しかし細菌たちも,そのまま自分たちが絶滅するのを黙ってみているわけではありませんでした。 抗生物質を使い続けているうちに,細菌の染色体に突然変異が起こり, 抗生物質が効きにくい,または全く効かない細菌(耐性菌)が,数十年前から増えているのです。 MRSAもその1つです。
 『耐性菌を減らすために最も有効なのは,抗生物質をできるだけ使わないこと』が, 世界中の研究で判明しています。実際に,抗生物質の使用を制限し始めた欧米諸国では, MRSAをはじめとする耐性菌は激減しています。
 日本で耐性菌が問題になっているのは, 必要のない抗生物質を何の疑問も持たずに使っている医療機関が,まだまだ多いからです。
 たとえば,風邪の原因は細菌ではなくウイルスです。ウイルスには抗生物質は無効です。 ただ‘高い熱が出ているから’という理由だけで抗生物質を処方するのは,誤った医療です。 特に,強い抗生物質を必ず処方する医療機関をかかりつけにしているこどもたちは, 体の中や外に多くの耐性菌をもっています。 このようなこどもたちは「とびひ」や急性中耳炎などの細菌感染時に,抗生物質が全く効かない危険性がでてきます。
 問題は,そういったこどもたちから耐性菌をうつされる可能性があることです。 抗生物質ばかり出す医療機関にかかるのはその人の自由ですから, その人だけが痛い目に遭うのは‘自業自得’です。 しかし,良心的な医療機関をかかりつけにしているのに耐性菌をうつされるのは,非常に腹立たしいことです。
 患者さんも,ただの風邪には抗生物質は無効であるどころか, 耐性菌のことを考えれば有害である,という意識をもっとしっかり持っていただきたいと思います。 当院をかかりつけにしている方は,心配する必要はありませんが。